キム・ヨンハ「トウモロコシと私」

 
 やっとキム・フン氏の講演会が終わって一息ついたので、本を読む時間ができた。今年の李箱文学賞を受けたキム・ヨンハの「トウモロコシと私」を読む。
 
 とても知的で小説の語り方(ナラティブ)に意識的な作家である。まったく実人生の質感を持っていないのに、読ませるその力量はたいしたものだ。少し村上春樹の香りがするが、それよりも知的な構成力と語りが前面に出ている感じ。
 
 特に主人公が作家であることもあって、メタ小説的な要素が多分にあって、作家が作品を書いていく過程がメタ小説的に重なっている。出版社社長である浮気相手の夫、編集者である自分の小説の編集者、そして彼らはメタ小説的な小説の批評家でもありながら、それぞれ三角関係の担い手でもあり(不倫小説、ラブストーリーの担い手)、また手に汗握るサスペンス劇の担い手でもある。つまり、この小説はジャンル小説が重なり合って、意識的に複合され、あるいは解体されている。ジャンル小説のパロディ、解体でもあるわけである。
 
 特に出版社社長の妻である絶世の美女が出てきてからの語りは、出色であって、恍惚状態の中で小説を書く小説家小説と、絶世の美女とのロマンス、そしてその夫である出版社社長とのサスペンスの重曹は見事である。
 
 知的な力技でこのような小説を書き上げる膂力は敬服すべきである。李箱文学書を受けたのもなるほどとうなづけた。