震災日記31

 
 だいぶ震災日記の間が空いた。
 
 日常生活を送っているぶんには、震災の直接的な影響はだいぶ少なくなった印象がある。個人的には6月中旬を過ぎた辺りから、平常のペースに戻り授業や雑事などが次々に入ってきて、余裕がなくなって来ている。ある意味で3月から6月までの3ヶ月間は特別な時期だったということだろう。今から思うと平常の雑事から解放された特別な時間であったわけである。
 
 3ヶ月の間に、非常時とは様々な思考が生まれる時期であることを知った。まったく新しい思考が生まれるというわけではなく、それまでの断片的だった思考が方向付けられ、加速されるのである。時間の流れが急になるので、それに対応して思考も急になり、ある方向性を持ってくることになるのであろう。
 
 日本社会、あるいは東北地方ということで考えても同じようなことが言える。それまで徐々に進んでいた事態が、この震災という非常事態によって加速化され、方向をはっきり与えられるのである。企業の海外移転は元々進みつつあったのが、震災によって加速化されるだろうし、東北の過疎化もそれまでの進行速度がますます急速度となることは疑いない。
 
 震災に伴って何かユートピア的な政策を考えるのはだから、夢想主義に過ぎないともいえる。日本社会がこの震災によって変革しうると夢想するのは、実は甘いのである。
 
 ただ、反原発にしてもそうだが、それまで断片的で夢想的と考えられてきたことが、この震災を機に現実化するということはあるかもしれない。その意味で、マイナーだった発想が日の目を見るということはあるかもしれない。
 
 震災を機に露わになったのは東北からの離散が加速化したことであり、東北地方の流動化が一挙に進んだことである。福島からの原発ディアスポラは大量に生み出されたが、それだけでなく東北地方からの流出は以前からの趨勢だったものが一挙に加速化され進んだのである。
 
 この東北地方からの離散を食い止め、逆転させるためには、日本全国の流動化を推し進める以外にはない。定住/定職(正社員、終身雇用など)といった戦後のパラダイムは徐々に壊れかけていたが、それをこの震災を機に、もっと劇的に転換しうれば、東北地方への一時的な移住/移職といったことも可能となるかもしれない。
 
 被災地でのがれき撤去、仮設住宅建設などの労働者が、全国から来ていること、またボランティアとして多くの移動人口が東北地方に来ていること、などはこの非常時だけの一時的現象ではなくぜひパラダイム変化の起爆剤として作用してほしいものである。
 
 夢を語ることが許されるならば、学生(中高生、大学生)などもぜひ単位互換などの制度を通して、流動性を高めれば、被災地などに来て学べる(ボランティアなども含めて)機会が増えるはずである。
 
 定住/定職から、一時的な移住/移職ということが可能な社会への転換、移住/移職が容易に行えるようなパラダイムへの転換がなされえれば、日本社会も東北地方の衰退も別の様相を持ちうるようになるだろう。そしてその次に見えてくるのは、日本への移住/移職という意味での日本の移民社会化であろうことは言うまでもない。東北地方が先頭を切って移民社会化を押し進めるという発想も、なかなか素晴らしいのではないだろうか。もっとも過疎化と高齢化の進んだ地方が、移民社会化し移住/移職化を進めるというのはユートピア的ではあるが、起死回生の策でもあるはずだからである。