ふと思い出したこと

 
 ずいぶん昔、かれこれ20年以上前のことになるが、大学を卒業したころに自動車免許を取って、運転を始めたころの話である。
 
 仙台の街中をその時、運転して走っていた。かなり中心部の信号で止まって、ふとバックミラーを見ると、後ろに大型のトラックが止まっていてその運転席が見えた。運転席には青年の運転手が乗っていて、隣には女性が乗っていた。ところが二人は信号待ちをしながらキスをしていたのである。それも軽いキスではなく、かなり激しい口づけをしていたのである。
 
 二人はトラックのかなり高い座席に乗っていたから、自分たちは別の次元にいるものと思っていたのかもしれない。周りの車のことなどおかまいなしに、信号待ちの間、口づけを交し合っていたのである。
 
 思うに、1980年代頃の日本人は今よりもかなり体温が高いというのか、行け行けの気分があったのではないかと思う。バブル直前頃でもあるし、お立ち台に立って踊る女性たちも今よりずっと情熱的だった。
 
 その時、実は口づけをする場面を覗き見しながら、むらむらと好奇心が湧いてきたのを覚えている。彼らは次の信号待ちをする時にはまた口づけをするのだろうか。しかし、残念ながら次の信号待ちをする交差点まで行ったときにはそのトラックとは離れてしまっていて、もう彼らを見ることはできなかった。
 
 今思えば、彼らは(というか青年は)寮生活をしていて、デートをするのもトラック運転中しかできなかったのかもしれない。トラックの運転台が彼らの個室だったのかもしれない。そして、長いトラックの走行中、愛を交し合っていたのだったかもしれない。
 
 当時の彼らにどんな事情があったのか、今から確かめてみたい気がしている。おそらく今はもう中高年になっているはずの彼らは、その後うまくいって夫婦となったのだろうか。今も一緒に暮らしているのだろうか。それともその後あっけなく終わりを迎えてしまったのだろうか。あの激しい愛の行方がどのようになったのか、それも確かめてみたいことの一つである。忘れられない場面であり、いつか小説や映画を製作することがもしもあったなら、彼らのようなカップルを主人公にして描いてみたいものと思っている。