家庭内での歴史認識問題

 
 この所、韓国の李明博大統領の竹島(独島)訪問をきっかけとして日韓関係が急激に悪化の兆しを見せている。昨日は天皇訪韓したいなら独立運動家に心から謝罪すべきで、ただ謝罪の言葉だけなら来ないでもいい、という発言まで飛び出して、事態はかなり相互の感情的な部分まで刺激し、悪い展開になりそうな予感である。
 
 日韓の歴史認識問題、あるいは竹島(独島)問題が紛糾すると、実はわが家の中でも歴史認識の亀裂が現れ、家庭内の歴史認識問題、竹島問題が発生することがままある。実は今回の問題をめぐっても、韓国人の家内と私、そして日韓のハーフの娘との間でかなりシリアスな議論に発展した。
 
 基本的に家内は李明博大統領の竹島訪問、そして天皇訪韓に関する発言に関しては感情的に理解できる、あるいはよくぞ言った(行った)という立場であり、それがもたらす日韓の感情的な対立や摩擦に関しては二義的な問題だと考えているようである。ところが私と娘にとっては、その発言(+竹島訪問)のもたらす日韓の感情的な対立や関係の悪化の方がより深刻な問題であるので、そこで意見はかなり鋭く対立する。
 
 家内にとっては、韓国の植民地支配から始まった歴史問題は生きている問題なので、それに対して明確に発言した李明博大統領の発言は(個人的な大統領への好悪を超えて)よくぞ言った、という立場であり、日本の明確な謝罪がなされていないこと、慰安婦問題などの明確な解決がなされていないことは、日本の怠慢であり責任である、という立場である。これはかなり固い信念を持ってそう思っており、天皇の謝罪がなされることが必要であるという認識も共有している。特に娘が法学部(志望)という立場から、天皇の政治的な発言のできないことを再三指摘しても、その信念は揺るがないのである。韓国人の多くの部分が、そのように天皇の明確な謝罪が解決のためには必要と思っていることもあるが、その信念を彼女も共有しているのである。
 
 それに対して、私と娘とはその発言(+行為)がもたらす日韓の関係の悪化、中長期的な感情的な対立がもっとずっと深刻であり、そのことによって受けるストレスや不利益が、ずっと深刻であることは言うまでもない。特に娘は日韓のハーフであることもあって、その問題には敏感であり、ほとんどわが身の問題として感じているようであった。日本と韓国とが感情的に対立することは、ほとんど彼女の存在自体に直結する深刻な問題であり、アイデンティティの問題にも関わる問題なのである。その問題の深刻さも、家内の植民地支配や日本への謝罪すべきという信念と匹敵するレベルのものであり、お互いにそこは譲れない問題となるのである。
 
 私は娘とほぼ同じ立場だが、しかし問題の深刻さは娘ほどではない。何しろアイデンティティは日本人としてあるわけだから、そこは問題の深刻さはおのずと異なってくる。そうした次第で、家内と娘との家庭内歴史認識問題について、はらはらしながら見守るという次第となったのである。だいたい国家主義というか、ナショナルな発言や行為は、われわれのような境界上に生活している家族や個人を直撃する。もっとも個人的でプライベートな部分に、ナショナルな発言や行為が深刻な影を落とすのである。ドゥルーズの「マイナー文学」についての文章でもそのような指摘があったが、マイノリティにとってはプライベートな領域こそが政治的な対立が書き込まれた領域となるのである。そんなことを政治家たちは少しも気にかけないが。