小津安二郎『東京暮色』(1957)

 驚くべき作品である。映画がこのように重く暗い主題を展開しうることを再認識させてくれる。ここにあるのは例えば夏目漱石が『門』の中で展開したような主題である。それは直接の原因を越えて、人間の原罪とでも言うしかないような実存的な苦悩の場面へとつながっている。この映画が追及しているのは、そのような人間の根源的な原罪とでもいうしかない存在のあり方である。小津安二郎がこのような実存的な主題を扱った映画を残していることに一驚を禁じられない。
 
 この映画は果てしなく暗い。この間見た『宗方姉妹』も長女の夫である三村の暗さが徐々に家族を覆っていくストーリーだったが、この『東京暮色』では徹頭徹尾始めから終わりまで救いようのない暗さが全面を覆っているのである。
 
 この映画は次女の明子の物語といっていいが、物語の構造は前の『宗方姉妹』とかなりの部分重なっている。結婚した長女・孝子(原節子)は夫とうまくいっていず、父のいる実家に戻っている。はっきり言わないがほとんど離婚を決意しているような趣である。次女の明子は「アプレ」と呼ばれる戦後の新世代だが、悪い男友達の子どもを妊娠してしまい、彼は明子を避け会おうともしない。会ってもすぐに理由をつけて去ってしまい、その後で会うことを約束した喫茶店にも現れない。
 
 明子は妊娠、男友達の背信、そして中絶という絶望的な状況を経るが、それだけでなく彼女は不在の母によって追い詰められることになる。この不在の母が、『宗方姉妹』での長女の夫・三村に当たる人物である。彼女は明子が3歳のときに家を出て行ってしまい、その後家族の間では空白と言うべきか忘れられた存在としてあった人物であった。父はそのことを努めて忘れようとし、長女もまた彼女のことを話すことはなかったのである。つまり彼女はこの家族(杉山一家)にとって不在の母、空白として存在している母であった。
 
 その不在の母(山田五十鈴)が、十何年ぶりかで東京に現れる。ほぼ20年以上前のこと、銀行員の父は京城支店に勤務することになり、一人で京城に赴任した。その間、部下であった山崎という男(映画には登場しない)が何くれと面倒を見てくれて、子どもたちも彼になついていた。父が京城から帰ると、一月ほど経ってある日父と娘たちが動物園に行った日に、母は山崎とともに家を出てしまったのである。
 
 その後の母の消息は詳しくは述べられていないが、「外地」を転々としたことだけは語られる。満州のジャムスにいたこと、シベリアで苦労したことも言及されている。そして最近になってシベリアから引き揚げてきて、東京でマージャン屋をしているという設定になっているのである。山崎はすでに死んでおり、ナホトカで出会った新しい男と一緒になっている。
 
 この母の設定は、『宗方姉妹』での長女の夫(三村)の設定と一部分、重なっている。「外地」の闇を抱えており、そのことによって杉山一家に暗い影を投げかけ、ついには暗い影で覆ってしまう所が共通しているのである。
 
 この設定は、夏目漱石の『門』を髣髴とさせる。『門』でもかつての親友である安井の妻であったお米を奪った宗助は、満州を転々としている安井の影に怯える。そして安井が東京に現れるという知らせによって、宗助は暗い影に怯えることとなるのである。
 
 この映画が、そのような母の出現によって明子が実存的な苦しみに直面し、自分は父の子ではないのではないか、という根源的な疑問にとらわれ、ついにはほとんど鉄道自殺に近い死を遂げてしまうことも共通している。つまり、母の出現は明子にとって、直接的な因果関係を超えた実存的な苦悩に直面させることとなったわけである。
 
 この実存的な苦悩が、母親の出奔だけでなく、「外地」を転転とする母や、シベリアから引き揚げてきた「引揚者」としての母の姿をきっかけとしていることは偶然ではない。「外地」とそこからの「引き揚げ」とは、戦中・戦後の日本にとって何かしら不吉で実存的な脅威を与えるものであったのだ。何かしら人間の罪と結びついた空間であり、存在であったのである。
 
 戦後日本ということにひきつけて言えば、戦後の日本は空白の母を持っていたとでも言えようか。自らの存在の根拠でありながら、それを極力言及しないような空白に置かれた存在の起源を持っていた。それはもちろん戦前の植民地である「外地」であり、そこから引き揚げた「引揚者」たちのことであった。彼らは忌まわしい記憶を喚起する存在として、その記憶に言及することはタブーとされ、不在の母となった。しかし彼らはいつか内地に引き揚げ、東京に、そこでの日常生活の前に姿を現す。彼らは戦後の安定しかけた日常をかき乱し、その根底にあった実存的な原罪と不安とを呼び起こすことになるのである。
 
 この構造は、戦後一時期だけのものではない。実は日本の日常はどこかに空白の母(起源)を抱えていて、そこからの脅威と不安に常に怯え続けているのである。それは21世紀の現在も同じことである。小津安二郎の不在の母は、いまだにわれわれの日常生活のすぐ近傍に存在し、われわれを実存的に脅かし続けているのである。