震災日記30

 心理学で、震災後(など)に来る心的な状態を「多動期」というものらしい。何かいても立ってもいられない状態と言うべきか、安定を欠いて何かをしなければならないような衝迫に駆られるような状態のことを言うらしい。
 
 震災後、被災者に限らず多くの人がそのような状態にあるし、何かをしなければ、動かなければ、表現しなければ…、という心的な状態にあるように思える。日本全体がそのような「多動期」にあると言ってもいいかもしれない。
 
 川村湊が1ヶ月で『福島原発人災記』を執筆したり、上のドキュメンタリー映画『無常素描』を大宮監督が作らねば、と思ったのもそのような「多動期」のなせる業だろう。言うまでもなくこのブログも「多動期」のせいで始めたものである。
 
 このような「多動期」がどのくらい続くのか、そしてその後どのような状態が続いていくのか、予測は難しい。しかし、停滞気味であった日本社会にとってこの「多動期」は活性化をもたらすものであることは確かだろう。
 
 願わくはこの「多動期」がよい方向へと向かいますように。戦前のような日本主義や全体主義へと向かうことのないように。